来年の桜
糖尿病治療中のおじさんに会ってきました。併発した合併症で、余命宣告されたということで辛い顔を見るの覚悟で行って来ましたが、本人は逆に開き直ったかのように元気に振舞っていて、まだ話もできるぐらいしっかりしていたので姪としては嬉しい気持ちで一杯でした。もう話せないかなーと正直思っていたので。しかし、病状はやはり良くないらしく、おばさんは看病で疲れきっていてかわいそうなぐらいでした。
おじさんとおばさんには子どもが一人いたのですが、小さい頃に事故で亡くして以来夫婦二人で生活されてきました。経済的に余裕があったということもあって、私も含め姪っ子甥っ子はよく遊びに連れていってもらったり、連休に家に遊びにいったりしてました。
時の経つのは本当に早い。
人が人と関わっていられる時間なんて、そう長くはないんですよね。
もう顔もみたくない!っていう人もそれなりにいましたが、それでも縁という言葉で考えれば何かしら繋がりがあったわけで。
ずっと一緒にいたい、と思う人とでも、いつかはさよならしなくてはいけない日がくるんです。
最後の日まで、それは明日やってくるかもしれないし、1年後かもしれないし、半世紀後かもしれない。
それでも永遠ということはなくて、必ず手を離すときが来るんだと思うと、大切な人に伝えられることは伝えておかないと後悔するなと、なんだか改めて感じました。
愛してるでも、好きでも、嫌いでも、一生顔みせんな!でもw
白か黒に分類できるってことは、自分の中で「重要である」という風に認識していると思うんです。カテゴリは違うけどね。好きと嫌いでは。
それでも、自分史に残る人にはなんらかのメッセージを残しておくべきじゃないかな、とふと思いました。
おじさんは来年の桜は見られるらしい。
来年と言わず、その次の年も、そのまた次もずっと見て欲しい。元気になってほしいなぁ。また近いうちに行こうと思います。おばさんにも休んでもらいたいしな。
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